このサイトは沖縄から関西に住む方のために役にたつ情報をお知らせするサイトです。

2018年11月下旬からこのサイトの作成を始めました。
大きく分けて①・大阪の顔色々、②・スポーツバイクに乗ろう、③・アウトドアしよう、④・エンターテイメント行こう、⑤その他、5つのカテゴリーで構成する予定です。

ウチナーンチュが関西に住んだとき、関西でしか経験できない色々なことにトライして欲しいと思いからこのサイトを立ち上げました。
数年たって沖縄に戻ってから、関西での経験が良い糧となって役立って欲しい、そう願っています。

 

ハイサイ関西!!

今は無き有村産業のフェリー飛龍の大阪南港での車の積み下ろし風景今から13年前、JR西日本・福知山線の通勤電車が尼崎駅に向かう途中脱線して100名以上が亡くなるという悲惨な事故があったのが2005年(平成17年)4月25日。
その年の10月17日、53歳のとき神戸に住み始めて私の関西生活がスタートしました。
その後大阪に移り住んで約10年。

沖縄を出る前は、中学以来の親友から「50歳を過ぎて寒いヤマトゥーに行ったって、哀れするだけだから止めたほうが良いよ」と言われながらもあっという間の13年でした。
行く私は悲壮な決意で内心「3年で1,000万円貯めて戻って来る」程度の甘い考えでした。

しかし最初の2年半、神戸での生活は悲惨で辛い毎日でした。
通帳の残高が電気代を引き落とされ、26,000円しか残っていないときこのままではひょっとしたら夜逃げして西成で日雇いになるかもという不安を抱きながらの日々でした。

神戸での2年半を経て大阪に引越しで考え方を変え、より外向きに考え始めて楽しく過ごせるようになり今では関西に来て良かったと思える毎日です。

この13年間を振り返れば、ああすれば良かった、こうすれば良かったと思うことだらけですが、こんな誰も知り合いがいなかった大阪で充実した毎日が過ごせるのは、仕事で色んな方々との出会いや、偶然のアウトドアとの出会いです。

沖縄から関西に進学や仕事の都合で住む方々へ、充実した毎日を過ごして、沖縄に帰った後も関西での生活が糧となって良い人生が送れるようなアドバイスサイトです。

画像は沖縄から今は無くなった有村産業のフェリー飛龍で仕事用の軽自動車を送り、大阪南港で受け取りに来たときの様子でガラケーに残っていた一枚です。

 

神戸に来たいきさつ

沖縄では那覇市内の繁華街に90坪の土地に親父が建てたテナントビルを管理しながら1階で飲食店を経営し、スナックが15軒入る地下1階地上6階建ての建物で平成7年までは極々順調に売上も利益も推移していました。
元来飲食店をやる気がなく、しぶしぶ引き受けたものの、東京の優秀なコンサルタントに巡り合えて好調な毎日でした。

私生活では当時発売されたばかりのAクラスのベンツに乗り、妻には赤いボルボのステーションワゴンを買い与え、バブルがはじけたと言うのに遅いバブリーな日々を送っていました。

そんな順調な毎日に平成7年に脳梗塞で倒れた親父が亡くなった事から遺産相続で姉妹間で争いが起こり、結局は自宅もテナントビルも手放すことになりました。

その時ビルの事務所の片隅を借りていた派遣風俗店舗があり、営業不振で半年以上家賃が未払いでした。
その風俗店舗の残った未払いの家賃を免除すると言う条件で引き取ったことから、風俗に関わることになりました。

家も車も殆どを売り払い、丁度娘が大学に入学したとき、手っ取り早く現金が稼げる積もりで始めた派遣の風俗店舗が2~3ヶ月は娘の学費を稼ぐどころか、生活にも事欠く毎日でした。

しかしそれから奮起して当時発売されたばかりのiMacに入っていたソフトのPage Millでホームページを作り公開したことから上向き始め、半年たったころには50万円以上の利益を稼ぎ出し、倍々ゲームで伸びていきました。

娘が4年生大学を卒業する前年に派遣風俗店舗を辞め、風俗のコンサルタントに転身しました。
転身と言ってもホームページだけで日本全国を相手にホームページを含めた開業をアドバイスすると言うスタイルで、始めて暫くして神戸から問い合わせがありました。
聞けば神戸で派遣型風俗店舗を開業したい。ついてはその指導をお願いしたいと言うことでした。
指導料は交通費を含めて100万円。2005年6月から何度かの打ち合わせを終え、8月に開業しました。

開業して暫く沖縄に帰り9月頃のある日、そのお店に電話したところ連絡が取れなくなり、オーナーに電話すると「自分にはこの仕事は向いていない」と言い出したので、折角100万以上も掛けて事務所も借り、電話も設置して、さらにはその当時15万円も掛かったヤフーのカテゴリー登録も済ませていたので、勿体無いと思いそのオーナーに「それでは私が引き継ぎたいので開業指導料として貰った半分の50万円で譲って欲しい」と言うことで、神戸へ乗り込むことが決まりました。

 

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